自分が自分を一番理解できない、けど一番理解してあげるべきは自分/レンタル彼女PREMIUM 大森碧

私は小さい頃から、誰かと自分を比べながら生きてきました。

ある時は幼馴染、ある時は同級生、ある時は先輩、そしてある時は親。
(私は兄弟姉妹はいませんが、いたら比べていたと思います)

比べては「なんて自分は劣っているんだろう」と思いながらも「まだ自分より劣っている人がいるかもしれない」と思って安心してきたりもしました。

でも私は、そういう「自分より劣っている人がいるかもしれない」という考えが嫌で、許せなくて、そこでまた自分に『なんでそんなに性格が悪いんだ』と責めるような気持ちをぶつけていました。

だけど【誰かと比べる事】は行き過ぎなければ成長に繋がるから、そこは自分の良いところでもあるのではと前向きに考えたりもしていました。

ただ、前向きに考えてる一方で、あまり良くない方向に進んでしまったことがあります。
それは【自分で自分を認めてあげられないこと】でした。


誰かと比べる→自分の無力さに幻滅する→反動で頑張る→頑張った事を誰かに認めてもらう→が、自分では認められない
こんなループが出来上がっていました。

どこかのブログでも書いていた気がしますが、私はあまり褒められて育ちませんでした。

幼馴染ばかりが褒められて、何で私は娘なのに褒められないの?そんな悲しみと悔しさ、お母さんに「褒めてもらいたい」
その一心で頑張れていたのは事実です。

けれど、それはあまりにも【他人に求めること(裏を返せば自分で自分を認められないこと)】が強くなってしまうことへの一歩だったようにも思います。

私は自分が頑張っても褒められないという意識がついてしまい、実際に「テスト頑張ったのね」と褒められても「どうせまだ上がいるとか思ってるんでしょ?」と素直に受け取れない面が出てきてしまって、自分に飴を与えてあげることが出来なくなっていました。

自分で自分のことを認めてあげられないとしたら、じゃあどうするのか?

ここは2パターンあると思っていて
1.自分でも他人からでも『褒め』の効果なし→無限に頑張る
2.他人に依存して自分の存在意義を認める

私は1のパターンだと思いますが、2のパターンでも辛い事は何ら変わらないです。

他人(ここでの他人は、自分を甘やかしまくってくれる存在です)
に依存するという事は、その存在を失ったときに苦しい現実耐えきれなくなるからです。
(もちろん代わりを見つけるという手はあります)

人は1人では生きられないというのは割とよく聞く事ですが、依存しすぎて自分を見失う事だけはやめたいですよね。
ただ、そこは自分でセーブ出来れば…ですが。

過去にとらわれすぎたり
過去の事を理由に自分の成長から目を背けたり
どうにだって自分は変えられるのに
結局は今を変えることが怖いだけなんですよね。

1のパターンの私だって同じ事です。
自分を認めてあげるという、すぐに出来そうな事がなかなか出来ずに、現状から何ら成長しない。
そんなところは自分が嫌だなと思ってしまいます。

自分が嫌なこと、良いこと
どちらもぼんやりしていて、後から「うわぁストレスだった」なんて思うことも多々あります。

本当に自分が感じている事はなんなのか?自分はどこにいるのか?
ぐるぐる、ぐるぐる。


自分でお尻を叩いて頑張らせるのも、誰かに依存するのも、どちらもありだとは思います。
が、
結局は自分で自分を褒めてあげて、理解してあげて、認めてあげなければ、苦しくなってしまうのは目に見えていますね。

→自分大好き人間になれ!ということではなく、自分にも優しい人間であれ!という事です。
(もちろん、他人に優しい人間であるのも大事)

自分自身との付き合いをうまくやっていくことで、自分の人生が円滑に進むんじゃないかなと思います。

人に優しく、自分にも優しく…