人を信じるということ

何事も簡単にはいきません。

生きていれば、楽しい事だけではなくて辛いことも苦しい事もあります。
理不尽な事だってたくさんあります。

でも、そんなデコボコの道だからこそ、人って生きている実感を持てるのだと思うし、成長出来るのだと思います。

時には「どうして分かってくれないの?」って思う事もあると思います。
なんで?どうして?って思う事もたくさんあると思います。

でも、それは自分のエゴだったりするんじゃないかなって。

私も小さい頃はたくさん親に当たった事がありました。
「なんで私のこと分かってくれないの?!」って。

でも親は私のことを分かっているからこその対応や返答だったんだと思えます、今では。

昔の私は今以上に未熟で、世の中を知ったような気になっていた、そんな子だったのかもしれません。


大人になってから特に実感する事ですが『自分が変わらなければ、相手は変わらない』のは、やはり『人は鏡』だから『歩み寄ろうという心』がないと、相手も何かしよう・してあげようとしないんだろうなと思います。

自分から話してみたら意外と「あれ?こんなんで仲良くなれちゃうの?じゃあもっと早くに話し掛けておけば良かった」なんて事はザラにさる気がするんです。
私の学生時代はまさにそれの連続でした。

自分から心を開かなければ、相手から変わってくれるということはほとんどないと思うし、相手だって「この人…なんかよく分からない…掴みどころがない」とマイナスイメージを抱いているかもしれないですよね。

人見知りの人にとっては、自分から話しかける事だけではなく、相手に心を開くという事も簡単ではないと思います。
いや、人見知りじゃなくても相手に心を開くというのはハードルが高いですよね。

でも、自分が生き苦しいなって感じたりしたら、もしかしたらそういう事も原因の一つなのかもしれません。


人の成長の速度や質のようなものは、環境によっても大きく変わります。

私が地元の閉鎖的な雰囲気を好きになれないのは、きっと『人の成長を妨げる要素が多い気がするから』です。
(田舎の景色は好きですが)

でも、全てを環境のせいにするのはやっぱり悔しいと思うんです。

そんな事だけで自分を判断してほしくないから。

私だって生きてるんだ、私だって日々一生懸命なんだ、私だって負けたくないんだ
そんな自分をやっぱり失くしたくないぞって思うのは私だけではないのでないでしょうか。


ああ、ついに「平成なのー?!若いねー!」なんて職場で言われる事がなくなる時代、そう、令和がやってくるんだなと。
でも令和になっても私は平成と変わらぬ、いやもっと輝ける大森でありたい
自分を信じて、そしてたくさんの人を信じたい
そう思った平成ラストの日でした。


みなさんはどんな平成を生き抜きましたか?
そしてどんな令和にしたいですか?