30代後半と聞いていましたが、スポーツジムで鍛えられた張りのある肌をしていて、実年齢より若く見えました。
この方を、仮にCさんと呼びましょう。
□子供の頃から描いた人生
詳しくは言えませんが、Cさんはとある老舗店の後継者。
とはいえ、父の代までは伝統を守って細々と経営を続けていたようで、特別有名な店ではありませんでした。
けれども、Cさんは子供の頃から店を大きくしたい野望があり、勉強に力を入れるのはもちろん、海外進出を目論んで高校生の頃から留学をしたり、店が大きくなってメディアに取り上げられた時をイメージして、美しい奥さんをもらうために自分自身も磨いてきました。
大学を卒業すると、父親から営業権を譲り受け、経営改革を行います。
老舗らしからぬ攻めた商品を次々とヒットさせて、名前を売りました。
そして、目論み通り美しい奥さんをもらって、順風満帆と思える人生を送っています。
子供の頃から描いていたことが次々と実現しているというのに、心が満たされません。
なぜかというと、老舗店の後継者は努力して手にいれた姿のため、本当の自分ではないからです。
本当のCさんは、歴史オタクで、ジャンクフード大好き。
本当はジムなんか行かずに、家でコーラを飲みながら、だらだらと好きな本を読んでいたい、ただの少年でした。
けれどもそういった姿を隠していたせいで、奥さんとも心の距離ができてしまい、武将やB級グルメが好きなことを、Cさんは奥さんに打ち明けることができずにいました。
□オンの自分とオフの自分
そんな時に私のプロフィールを見て、歴史が好きそうだと感じ取って指名をしてくれました。
歴史好きなだけにお話はマニアックですが、趣味の合う同士であれば、話はマニアになればなるほど盛り上がります。
Cさんとのお話は、まるで中学生の同級生が昼休みに趣味の話で盛り上がるように、とっても新鮮な気分になりました。
Cさんがパリっとしていたのは初めだけで、その後に会った時は休日の楽な格好です。
史跡や歴史上の人物の生誕地を見たり、博物館に行ったり、さらには食べ歩きをしたり……。
ただの少年に戻ってデートをしているようでした。
このCさんの少年の姿が本当のCさんで、老舗店の後継者が偽者……というわけではありません。
どちらもCさんです。
努力をして身につけたものであるなら、なおさら積み重ねられたものです。
ただ、オンとオフの姿があるだけなのですが、その差が大きかったり、オフの自分をどこかで恥ずかしいと思っている自分がいるため、オフの自分を出すことができずに苦しくなってしまったのでしょう。
店が大きくなればなるほど、オフの自分を見せられなくなります。
立派な老舗店の後継者という肩書きに潰されてしまうところでした。
幸い、Cさんは今の立場に満足しているようですので、オンとオフのバランスが取れれば苦しさも和らいできました。
□異性の理解者が必要な時もある
Cさんは、女性と接することに苦手意識があるわけではなく、彼女をレンタルするというよりは、同志や理解者を求めていたのだと思います。
不思議なことに人って、趣味や志向のようなものは同性から認められるよりも異性から認められた方が、心が満たされることもあるんです。
オフの自分を受け入れられることの充足感を知ったCさんは、その後、疎遠になっていた奥さんにも、自分の趣味を知ってもらいたいと思うようになりました。
幸い、少しすれ違ってしまっただけで、二人の関係は修復可能でした。
奥さんも、何か隠し事をされていることがわかっていて、それが淋しかったようです。
こうしてCさんは、オフの自分を奥さんにも見せることができて、私の役目は終わりを告げました。