30代後半の中肉中背の男性でした。
仮にAさんとします。
緊張していたのでしょう。
私が初めて会った時には、しゃべるときに目を合わせることができず、始終伏し目がちなのが印象的でした。
□いい雰囲気の女性がいたものの…
お会いする前にメールのやり取りをしていたので、Aさんが『コミュニケーションが苦手』なのは分かっていましたが、実際に接してみるとそこまで苦手な様子はありません。
コミュニケーションというよりは、異性と接することに慣れていないようでした。
お茶をしながら詳しいお話を聞いてみると、高校は男子校、大学も理系のため、学生時代に女性と会話をしたことはごくわずか。
今の職場に女性はいますが、挨拶を交わすことすらあまりないようです。
社会人になって数年目の20代後半の時に、たまたま知り合った女性と親しくなり、一年近くかけて付き合う寸前までいきました。
しかし、Aさんが告白をする前に、その雰囲気を察知したのか、彼女の方から距離を取られてしまったとのこと。
Aさんはいい雰囲気だと思っていたので、突然女性に去られたショックから孤独を感じ、ついには女性に恨みを持つようになってしまいました。
しばらくは独身を貫くつもりだったようです。
けれども、周囲の友人が結婚するのを見て、いずれば結婚したいと思うようになりました。
しかし、結婚はおろか、女性とお付き合いができるのか心配で、たまたま目にしたレンタル彼女というサービスを利用したとのことです。
□うまくいかなかった恋愛を引きずって
異性は『異星人』だと言う人もいますが、自分の価値観や感覚で相手の感情を推測しようとすると、大きく間違えてしまうことがあります。
異性に慣れていない人なら、なおさらのことでしょう。
けれども、そこで気持ちのすれ違いをなくすためにコミュニケーションが存在し、言葉があるのです。
けれども、このAさんは女性に対して気持ちを伝えるコミュニケーションも取れなかったし、言葉もかけられずにいました。
いえ、しなかったのではなく、できなかったのです。
さらに言うと、この時Aさんは必要がないと思っていたのです。
Aさんからお話を聞けば聞くほど、その女性はAさんに好意を持っていたようにしか思えませんでした。
なぜならLINEのやり取りは頻繁だし、毎週のように会っているので、女性の気持ちがAさんに傾いていたことは間違いありません。
では、なぜ彼女が去ってしまったのかというと、Aさんが彼女に対して何もアプローチをしなかったからです。
半年以上、毎週のようにデートを重ねていたら、女性もその先の未来を期待していたかもしれません。
けれども、いつまで経っても手を繋ぐこともしない相手に、女性の心は離れていってしまったのでしょう。
女性もAさんに輪をかけて異性に免疫のないおとなしいタイプのため、女性から告白することもできなかったようです。
Aさんがもう少し気持ちを伝えることができていたら、結果は違っていたかもしれません。
そのお話をAさんにすると、「そういえば……」と、納得してくれました。
女性も自分に好意があると思っていたのに突然去られたことがショックだったAさんは、たしかに好意があったんだ、騙されていたのではなかったんだと安心をしました。
そして、心の中から怒りが取り払われると、さらに自信が失われてしまいました。
自らの失態で、好きな人を失ってしまったのがショックだったのです。
□はじめから上手にできなくて当たり前
『あの時ああしていたら……!』
Aさんは悔やみましたが、こうなってしまったのも自分に勇気がなかったからだ、自分が傷つかないよう行動したツケだと思えるようになりました。
とても可哀想なことですが、その失敗を人や環境のせいにするのではなく、自分に問題があったと思うことができれば、立ち直ることはできます。
なぜって、失敗を繰り返さなければいいのですから。
それまでAさんは、デートっぽい雰囲気を出すことを恥ずかしいと思っていたようなのですが、そんなことにこだわっているから大切なものを失くしてしまったのだと気づきました。
その日は悔しいこと、恥ずかしいこと、苦しいこと、情けないこと等、なかなか言えない弱音を吐いてスッキリしてもらいました。
知らない相手だからこそ、洗いざらい吐き出すことができたのでしょう。
次回会った時にはAさんがどうしたいのかを一緒に考えて、『結婚』ではなく『まずは女性をデートに誘えるようになる』と目標を立てました。
女性に免疫がない人に一番必要なのは、女性に慣れることです。
つまり、異性を『異星人』ではなく『ただの人間』と思えない限りは何をしても無駄なので、心がほぐれるまでリハビリのつもりでデートを重ねました。
この時間が無駄だと思う人もいるのですが、このデートを重ねるというのが一番大切な時間だったりするのです。
はじめはデートというだけでぎこちなくなってしまったAさんですが、次第に緊張も解けて、おかしい時には笑えるし、同性同士の会話のように、話をしている中でツッコむこともできるようになりました。
不思議と顔つきも変わり、目線も泳ぐことがなくなり、傷ついていた自尊心が癒えてきたようです。
私との信頼関係も築かれていくのを感じるようになりました。
そうなると不思議なもので、傷つくことを以前ほど怖れなくなるんですね。
職場の女性に話しかけられるようになり、何度か失敗しながらも、1対1でデートをする相手ができるようになりました。
Aさんは真面目なタイプだったので吸収も早く、1年経たないうちに自然と女性をデートに誘えるようになって、やがて卒業していきました。
□恋愛は二人でするもの
初めての恋はうまくいかないといいます。
それにはいくつか理由があるのでしょうが、その一つが『恥ずかしい』という感情を捨てられないせいで、気持ちの交換ができないからでしょう。
特に「俺はこう思っているのに伝わらないかな」では、気持ちは絶対に伝わりません。
なぜって、相手も人間だからです。
ちゃんと言葉にして、態度にして、相手の反応を見ることの大切さを身をもって知ったAさんは、初めての恋の失敗のおかげでふっきれたのか、自分の『恥ずかしい』という感情を忘れる努力をしました。
もちろん『恥ずかしい』という感情が消えたわけではないでしょうが、自分の都合を優先するのではなく、相手を優先するようになったのです。
それは異性だけではなく、同性にもしているようで、職場の仲間からの株が上がりました。
同性からの評価が上がると、「いいやつだな」と言われる機会も増えたので、Aさんは周囲から期待される人になりたいと更に努力をしました。
すると、仲間から友人へ変わる相手が増えたのです。
中には女性を紹介してくれる人もいて、その中から近い将来恋人になりそうな相手も現れました。
Aさんは初恋を失ったことをバネに、自らの努力で友人と恋人を手に入れたのでした。
ここから私が感じたのは、どんな失敗をしても、そこから何かを得ることができ、学ぼうとする気持ちがあるなら、失敗はやがて成功に変わるということです。
Aさんと同じような失敗をしてしまった方がいたとしても、諦めずに希望を持ってくださいね。