99%のエモーショナルと1%のロジカル

 

辞めた後やっぱりブログは消えちゃうんだよね?

ということを、ここのところお会いする方によく聞かれます。

はい、消えます。

ほぼ確実に。

そんなわけで私もここ数日はせっせと過去のブログをワードファイルにコピペしてます。

ちょっと気持ち悪いなと思いつつも。

数が多すぎて果たして今月中に終わるかどうか。

こんな飯の種にもならない話書くんじゃないよ….…

なんて過去の自分に文句を言いながら今日もせっせとコピーアンドペーストしてます。

なぜそんなことするかというと、ブログは宮地琴乃の生きた証だからです。

正直、みなさまやキャストさん、スタッフさんの中で私という存在が消えてもいいんです。

むしろ、消えてしまったほうがいいとすら思ってます。

特に、みなさまにとっては。

そうすれば、必ず私よりもっと素敵な彼女さんに出会えると思うから。

きっと、私がいなくなったとしてもみなさまの世界は今日と変わらず回っていくし、

みなさまの生活にさしたる影響はないでしょう。

そんなもんでいいんです、仮初めの彼女なので。

みなさまの記憶に鮮烈に残るような存在じゃなくていい、

生活の中で、ふと香る、記憶にある残り香のような、そんな存在で居たいなと思います。

まあそんな儚い存在ではないのでだいぶ癖のある香りな気はしますけども。

つまるところ、この世から私が消えたとしても、私の中では『レンタル彼女 宮地琴乃』をずっと生かしておいてあげたいなと思うんです。

 

 

 

宮地=ブログ

そんなふうに認識していただけるようになったのは、本当にありがたい限りです。

自分が文章を書くことがこんなに好きだなんて、2年前の私は全く知りませんでした。

好きなこと(向いてるか向いてないか、うまいかうまくないかはさておいたとしても)、それに気づけただけでも私はこの場所に感謝せずにはいられません。

人生、何がきっかけになるかわかりませんね。

 

 

 

 

私はきっと、ここを去っても文章を綴ることを続けると思います。

五年日記は3日で辞めた人間なのできっと人に見てもらわないと続けられない性分なんです。

なので、インターネット広しと言いつつも、きっと同じように、誰かの目に触れるように言葉を、文章を、紡ぎ続けるんだろうな、と。そんな気がしてます。

もちろんレンタル彼女という看板がなくなったあと、私には何の付加価値もありませんからどれだけの人の目に触れられるかはわかりません。

それでも、きっといつかまたみなさまに出会えると信じています。

 

 

そうそう、先日会ったコピーライターの人が言ってました。

99%のロジカルさに1%のエモーショナルを加えるから人は感動するのだと。

100パーセントのロジカルさは人を納得はさせるけど共感はさせない、しかしエモーショナルが大きくなればなるほど感動する人は限定されてくる。

そのさじ加減ができる人間が、人を感動させるのだと。

なるほどなと感心させられる一方、私のブログはほぼエモーショナルでできているので果たしてどれだけの人に何を伝えられているのかとたんに不安になりましたが。

もし、やたら長くて論理的に破綻してて、やたら感情に訴えてくるような文章をどこかで見かけたら、もしかしたら私かもしれません。

そんな時は、ぜひ話しかけてやってください。ワインでも飲みながら、思い出話をいたしましょう。

みなさまと、そんな日が来るのを楽しみにしてます。

 

 

宮地琴乃🍷