「頑張ったね」その一言がほしくて

こんばんは、大森碧です。

今日は台風が関東に接近していて、天気が大荒れ。
関東以外でも雨や風、そして海も荒れ狂っているみたいなのでみなさんお気を付けてくださいね。


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私は、昔からある程度の事はこなしてくるタイプでした。

テストの点数、体育の授業、人間関係…。

自分である程度の目標を決めて、ここまで頑張る!と思ったら勉強をして、自分なりのボーダーラインを設けて目標に向かって頑張るような学生時代でした。

なんだ、そつなくこなすならそれでいいじゃん?
なんて思われるかもしれませんが、そうはいかない事がもちろんあります。

例えば、自分で決めたボーダーラインを超えられなかった時。
「テストで絶対に90点取るって思ってたのに…」「この日までにこれが出来るようになるって決めたのに…」そういう時には凄く悔しい気持ちになりました。

まあ、でもこれは「悔しい!次頑張る!!」だけで済むんですが、そうではなく「なんで?私こんな頑張ったのに??」って感じてしまう事がありました。

それは、親に褒めてもらえなかった時です。

自分なりのボーダーラインを超えて「見て!テスト90点だったんだよ!」と言っても「へえー」で終わってしまう。

お父さんは多分私のことを褒めなきゃ!って思って褒めてくれていましたが、お母さんはシャイな性格もあり「へえー」という認めてはくれないような返答…。

今思えば、お母さんは心の中では「そんなに点数取ったなんて凄いじゃん」って思ってたと思います。

でも、その当時の私は「なんで?」「どうして私を分かってくれないの?」「認めてくれないの?」って感じてたんです。

今でも忘れられないのが、私がなわとびで二重跳びを飛んだ時でした。周りには飛べる人は全然いなくて、私は同級生の中でもすぐに飛べるようになったんです。(自分なりにかなり練習したので!笑)

だけどお母さんは「ふーん」

もちろん私は「なんで????」

その後、どれくらいの年月が経ったかは忘れましたが、幼馴染(年下)の子が二重跳びを成功させました。それを聞いたお母さんは「◯◯ちゃん、二重飛び出来たんだって!凄いよねー!」って言ったんです。

「え…?」

私は耳を疑いました。
私の時にはなーーーんにも褒めてくれなかったのに、その子の事は褒めるんだ…。


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この出来事が、私をより変えたと思っています。

それ以来、自分のボーダーラインを超えたとしてもお母さんから「頑張ったね」と言われないと悔しくて悔しくて、よりライバル(幼馴染や同級生)に闘志を燃やしました。

周りから「そんなに頑張らなくても…」って言われる事もあったけど、私はただ

「頑張ったね」

その一言をお母さんに言って欲しかっただけでした。

ただただ、認めて欲しかった。
ただただ、褒めて欲しかった。


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私は「お母さんに褒めて欲しかったんだよ」って言った事はありませんが、いつだか「どうして認めてくれないの?!」と反抗した事があります。

お母さんも、まさか私がそんな風に感じているとは思わなかったと思います。

だから言葉を詰まらせていました。
いつもならすぐに話をそらすか、すぐに返事が返ってくるんですが…。

私のお母さんは、何か分からない事があるとすぐに本を読んだり、講演会へ行ったり、色々な事を学ぶ人でした。
だから、子育ての本もたくさん読んだと思います。

読んだけど、まさか、こんな事を言われるなんて…

言葉を詰まらせた裏には、そんな思いがあったのではと想像しています。


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お母さんも悪気はなかったというのはシャイな性格から推測出来ますが、それを認められるようになったのは学生を卒業してからだと思います。

今は親元を離れているので「頑張ったね」と言われる事も、ほぼないです。(というか、ない?)

でも、社会人になった今だからこそ「頑張ったね」っていう言葉の大切さを感じます。

社会に出ると「出来て当たり前」だから、ありがとうと言われる回数が極端に減ったり、もちろん褒められる事も圧倒的に少なくなると思います。

でも、学校を出てたった数日で社会人認定されても…
そんなすぐに、自他共に認める「凄い人(立派な人)」になんてなれません。

すぐに、というかもしかしたら一生の課題なんじゃないかな?と思う時もあります。

頑張っても頑張っても際限なく与えられる仕事
頑張っても頑張っても際限なく出てくる人生の課題

あーあ、疲れたなあ。なんて思う事もありますよね。

そんな時に「頑張ったね」って言ってもらえたらどんなに嬉しいか。どんなに楽か。


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疲れても良いと思います。

ちょっと休憩しても良いと思います。

みんなそれぞれの場所で、それぞれの環境で、頑張って生きている、生活しているのだから。


ふとした時に

「頑張ったね」

この一言がみなさんの心に届きますように。

 

(ひなげしの花/いたわり、思いやり)