さよなら、負け犬だった私

あまり自分の辛かった話をするのが好きではないので、

いや、

自分のかわいそうな話を人に聞かせてかわいそうだと思われることが下品なことだと本気で思っているので、単純に不幸話をしたくないだけなんですけども。

けれど、あまり話したことはありませんが、どうしても思うところがあるので今日は少しだけ、私の不幸話をさせてください。

今日だけは下品だと思われても良いです。

どこかで一度書きたかった私自身のルーツみたいなものを残しておきたいなと思いまして。

今年も、私自身も、そろそろカウントダウンですし。おすし。

とんでもない長さになるので、あと割と見て気分が良くなる話ではないと思うので、そういうのがお好きではない方はご覧にならないほうが良いかと。

私の不幸話にご興味のある方は、ぜひ読んでいただけたらと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

何度か、私が昔いじめられていたという話はしたと思います。

けど、きっと多くを語ったのは小学生の頃の話ではないでしょうか。

いじめられたら泣いて、しょんぼりして、隅っこで目立たないようにビクビクして過ごしていればいじめっ子たちも満足したのかもしれませんが、昔から気位だけは高かったため、そういうことができない子供でした。

とはいえ、された事に対して殴り返したり、私の髪の毛を切り刻んだハサミを振りかざすこともできなかった私は、その方々らを睨んで、あとは何事もなかったかのように過ごすことしかできませんでした。

これは、小学生の頃までの話。

今まであまり話してこなかったのは、中学生の頃の話です。

低俗な同級生たちとおさらばして中学に上がった時、私は学内ではおおむね良好に生活できていました。

けど、学校の外に出ると毎日が地獄でした。

登校するときと、下校するとき、

私は、私が通っているのとはまた別の、(偏差値的にも生活水準的にもお粗末な)中学校の方々から日常的にリンチを受けていました。

ブスだと言われて石を投げられた時も、

死ねと言われて川に突き落とされた時も、

突然大人数に囲まれて自転車から引き摺り下ろされた時も、

私は何事もなく学校に行き、家に帰っていました。

ただただじっと、その方々を睨むことしかできませんでした。

ここまで聞いて、なぜそんなことをされたのか、私にも原因はあったのではないか?

とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。

その通り、私にもそうされる原因はありました。

理由は、とてもとてもシンプルな2つのこと。

 

 

 

 

私が宮地琴乃で、私が不細工だったからです。

 

 

お前が宮地の娘だから、お前がブスだから、

私に石を投げつけた方々は、そう言っていました。

 

 

 

私が宮地琴乃だから、

私がブスだから。

 

 

これは、どうするのが正解だったのでしょうね。

私に原因があったとおっしゃるのなら、私はどうすればよかったのかどなたか教えてはいただけませんか。

 

 

 

自分ではどうしようもないことで、こんな扱いを受けるなんて、14歳そこらの子供からしたら、理解が追いつかないのは当たり前です。

 

 

石を投げつけられた時の痛みや、突然体が浮いて川に落とされた時の冷たさ、

いつも背中から聞こえて来るあざ笑うような笑い声、

いつ、何が飛んで来るかわからない恐怖心、それがどれだけ恐ろしく、どれだけ人の心を惨めにさせるか。

 

 

これはまあ、大人になった今でも似たような感覚に陥ることはありますよね。

自分の知らないところで、覚えのないことを吹聴される嫌悪感、

なんの恨みがあるのか知りませんが、私のことをさして知らない方々に作り話まがいの悪口を吹きこまれる気色悪さ。

これらをされた時の気持ちは、この時の経験に少し似ています。

 

 

 

ただ救いだったのは、自分が悪いからこんな扱いを受けるんだ、

心の底からそう思ったことは一度もなかったと思います。

これは、自己肯定感の強さがそうさせたのだと思います。

家庭の中だけは、鬱陶しいまでに愛してくれた両親のおかげで、ここまで自己肯定感が強くなったんだと思います。

 

私が悪いからこんな扱いをされるんだ。

そう思わない人間に育ててくれたことを、私は今でも両親に感謝しています。

 

あえて言いますが、私に石を投げてきたのも、川に突き落としてきたのも、見ず知らずの人です。

 

囲んできた人も、ブスと罵ってきたのも、知らない人でした。

 

顔も知らない、名前も知らない人間にとつぜん殺されるかもしれない、私の中学時代はそんな時代でした。

 

 

まあ、色々と複雑な理由があるので割愛しますが我が家の都合が大きく関わっていまして。

宮地さんちの琴乃ちゃんであることは、いつ何があってもおかしくない中で、うっかり死んでしまったり歩けなくなるような怪我を負うことなくここまで生きてこられたのだから儲けもんだなと思います。

運が良かった。

 

 

とはいえ、流石に耐えきれなくなる日というのはくるものです。

それも多感な中学時代。

今でこそ突然プッツンと箍が外れたように怒ったり泣いたりすることは全くなくなりましたがその頃は本当に酷かったです。

私に限らず、理解のできないことというのは人を混乱させます。

なぜこんな扱いを受けなければならないのか、本気で理解ができなかった私は、狂ったように泣き喚くことでしかその混乱を受け入れることができませんでした。

あいつらを殺してやりたい、

1番苦しい死に方で、この世から一片も残さずに殺してやりたい。

ある日母の前で泣き疲れながらそう言いました。

 

 

ここで、誰かに仕返しをしてやりたいと考えたことのある全ての方にお聞きします。

 

 

「仕返ししたら、あなたも同じ土俵に立ったことになるから受け流しなさい、耐えなさい。」

 

こう言われたことがある方はいらっしゃいませんか?

 

 

両親は少し行きすぎたところがあるとはいえ例に漏れず人格者なので、私にこう言いました。

『琴ちゃんが落ちる必要ない

やり返したら、ことちゃんも同じになるよ。』

と。

 

 

私は何度も、この言葉を言い聞かせられて生きてきました。

いじめられて悲しいことを打ち明けた担任の教師にも、両親にも。

 

きっと、いじめられたことのある方、誰かから傷つけられたことがある方は皆さま平等に、この言葉を与えられて来たのではないでしょうか。

 

【いじめられたら、人に優しくできる

傷つけられたら人の痛みがわかるようになる

だから、やり返してはダメだ。】

 

 

 

私の、大嫌いな言葉です。

 

いじめられても、私は優しくなんかないし、傷つけられたことなんて数え切れないほどあるけど私がわかるのは私の痛みだけです。

他人の痛みなんてわかるはずがないじゃないですか。

 

 

この言葉の本質は、別のところにあるんです。

他人を傷つけることが当たり前の方々が、自分たちに仕返しをされないために言って回った戯言です。

 

人を傷つけることに平気で、何の良心の呵責も感じずに嫌がらせができる人間なんて、舐めてるんですよ。

私のような人間のことを。

 

どうせ何もしてこないだろう

どうせ何もできないだろう

こいつには何をしても大丈夫

だってこいつは負け犬で、自分は勝ち組なのだから

自分の方が偉くて、こいつは何もないただの弱いやつだから

 

 

 

【いじめられたら、人に優しくできる

傷つけられたら人の痛みがわかるようになる

だから、やり返してはダメだ。】

 

 

そんな加害者共が作り上げた大義名分を鵜呑みにして、私は、いつまで負け犬でいなければならないのでしょうか。

 

私は、飯の種にもならない道徳的な教えのせいで、いつまで人格者のふりをして耐えなければならないのでしょうか。

 

私はいつまで、そういう扱いをしていい人でいなければならないのでしょうか。

 

 

 

私が私であるために辞めたことと始めたことが1つずつあります。

ひとつは、耐えるのをやめました。

やられたらやり返す、

きちんと怒る、

理不尽な扱いをされたら抵抗する、

私は、私を理不尽に傷つけようとするものに対しては徹底的に戦うようになりました。

 

 

 

そして、はじめたこと。

それは、そんな方々よりも確実に幸せになる道を探す、

そのためにはどんな努力でもするようになりました。

 

その人たちがどんなに手に入れたくても届かないものを手に入れるために、私はこれまで生きてきたように思います。

 

 

世間様から良い大学と言われる大学に入るために血反吐を吐くような日々を過ごしたことも、

高望みするな、無理だと小馬鹿にされながら就職活動をしたことも、

その結果並みの人間では三度人生をやり直したところで入れないような会社で働く権利を手に入れたことも、

ブスだから死ねと言われる中で、それでもその辺の人たちよりは美しいとよばれる容姿になったのも、

何かに対して貪欲に努力できる原動力は、そこにしかありません。

 

 

努力だけは裏切りません。

両親でも、男性でも、お金でも、人脈でもありません。

私を行きたい場所に連れて行ってくれたのは、いつだって努力でした。

だから私は努力が好きだし、そんな、醜いほど自分を愛せる自分の愚かさを誇りに思います。

 

 

だから、感謝しているんです。

あの時、私に石を投げてくれた方々に、

私を、ブスだと罵ってくれた方々に、

私を理不尽に陥れた方々に、

私の陰口がお好きな方々に。

あなた方のおかげで、私はこんなに幸せな人生を手に入れました。

本当に感謝しています。

だからどうか、私の人生から消えてください。

そして、あなた達はあなた達なりの、どうしようもなくつまらない人生をお過ごしください。

 

 

 

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本当はここから先のことは書くつもりがなかったのですが。

これで終わらせるのはあまりにも後味が悪いなと思いまして追記を。

なぜこんなことを書いたかというとですね、私がレンタル彼女をしている理由みたいなものが関わってまして。

私は有名になりたいわけでもないし、お金に困っているわけでもないので何でこの仕事をしているの?と言われた時にけっこう、困るんですよね。

1つは、母に対する反発心みたいな感情、もう1つはまあ恋愛とは、男女とは、というものに対する知的好奇心なんですけど、他にもいくつかあって。

けど、この前わかったことがあるんです。

幸せになりたくても自分でそう思えない方々というのがいらっしゃる、ということです。

誰でも幸せになる権利があるんですよ、という話をブログでした時に、一件のリプライをいただきました。

自分は、幸せになる権利があるんだろうか、

と。

いじめられたことのある方、誰かに傷つけられてその経験から解放されてない方というのはいらっしゃいます。

そういう方のほうが多いのかもしれません。

そんな方々に、どんな言葉でもいい、幸せになるためにどうしたらいいのかを伝えたい、

それが、私がこの仕事をいまだに続けている理由のひとつだと思います。

うさんくさい宗教みたいだと自分でも思います。

レンタル彼女なんかにそんな重いものを求めていないと感じる方も多いとは存じます。

けど、私にできるのはこれくらいですから。

とはいえ、ですよ。

そんなことがあったなぁと、

思えるようになる日が来るものですね。

この話をしたのは、多分、はじめてだと思います。

中学校の頃の友人は何人か私が血まみれだったり、ずぶ濡れだったり、ぐしゃぐしゃになった自転車を押しながら登校してきているのを見て知っている方もいらっしゃるでしょうがこの話を人様にしたのは、たぶん、本当にはじめてな気がします。

話してこなかったのは、怖かったからです。

そういう扱いを受けた人として見られるのが、どうしても怖かった。

そして、私の記憶の中から、過去から、消してしまいたい、惨めで惨めで仕方のない話だからです。

けど、そういう方々の存在が、私のこれからの人生をよりよくしていくモチベーションになっているのも事実。

こんなに辛くても、今笑顔でこれを書けるくらいになるんです。

今ね、めっちゃ清々しい気持ちでこれ書いてます。

人生は絶対いいことのほうが多いと私は常々言ってますが、それは私がそうだったから言えることです。

これだけ辛くても、知られるのが怖いなんて言いながら、今こうやってなんかレンタル彼女とかチャラついたものやって、大学の友達に身バレして晒されたりしてもヘラヘラこんなことを不特定多数の方々が見るインターネットに書けるようにまでなったんです。

でもそれは、やっぱり心の傷を負った方がその傷跡を自分で笑い飛ばせるようになってはじめて気づけることだと思います。

なので、どのタイミングでもいい、

死ぬ直前にだっていい、自分の辛かった記憶を、笑い飛ばせるようになってください。

私の言葉の力なんていうのは微々たるもので、過去に辛い思いをした方、それに苦しめられている方、今が一番つらい方、

その方々が、いつか本当に心の底から笑えるようになった時に少しでも、私の言いたかったことを感じていただけたらと思います。

そしたら、宮地琴乃がこの世に生まれた意味が、少しだけ報われるような気がするんです。

 

 

 

では。

 

 

 

 

 

宮地琴乃