宮地琴乃とことばのカンケイ

書きたいことは山のようにあるのに、言葉が出てこずブログを書く手が止まってしまうということがあります。

 

こんばんは、宮地です。

根本的に、文章を書く、という動作が好きなので書きたいけどかけないというのは非常に悩ましいこと。

たとえるとそうですね、

とってもとっても美味しそうな大好物が目の前にあるのに、つい先刻つまらないインスタント麺などを2つも食べてしまったのでどう頑張ってもその大好物が食べられそうにない、と言ったところでしょうか。

お恥ずかしながら、書けない原因は単純にインプット不足で言葉が足りないという場合が多いので私が勉強不足なだけなのですが

それよりもさらに大きな原因は、きっと、他にもあるんですが書けないものは書けないので、今日は私にとって書くとは、という、このあたり話をしようかと。

思い当たる限り、書けない原因はふたつ。

けど、それよりもまえに、どうして私が文章を書くのが好きなのかというお話をさせていただけたらと思います。

何時ぞやのブログにも書いたのですが、私は喋ることよりも、文章を書くほうが得意です。

誤解なきように言いますが、文章に関しては特段上手いなどと傲慢なことを思っているのではなく、文章の方が、自分の心を丁寧に表せるから性に合ってるのです。

言葉というのは刃です。

うっかり、本当についうっかり口にした言葉で誰かを傷つけてしまうかもしれない。

そう考えると、思ったことをすぐに口に出すのをためらってしまいますし、正直申しますと、とても怖いのです。

私とお話ししたことがある方はわかるかもしれませんが、私は、私が与える印象から想像されているよりも、口数が多くありません。

弾丸の打ち合いのように喋ることも、ないわけではありませんがなるべく、今から喋ろうとしていることを頭の中で一巡する癖があります。

そのぶん、喋ると言葉が少なくなったり、ゆっくりになったり、付け加えることが多すぎてなんだか締まりのない言葉の羅列になってしまったり。

思ったより、大人しいね、と言われることがままあります。

猫をかぶっているだけの場合も多いですが、基本的にキャッチボールをきちんとしたい性分ですので相手の言葉を遮って喋ったり、早口でまくしたてるのが好きではなくて。

そうなると、相手が何を伝えようとしているのか、言葉の表向きに隠された真意を読み取ろうとすると自然と頷きながら話を聞くことの方が多くなります。

その反面、自分の伝えたいことを齟齬なく言葉にしようとするとどうしても言葉の数が多くなってしまって、相手を待たせてしまう、つまり私が喋る比率が多くなってしまうんですね。

そうなると、相手を待たせてるという罪悪感から早口になってしまって……

という悪循環に。

だから、私自身はあまり多くを語らず頷いて、お相手の言葉を私の中に取り込ませていただく機会の方が多いし、自分としてもそちらの方が楽しいと感じるんです。

だから、私の知らないことをたくさん話してくださる方が大好きだし、どうして?それで?とどんどん欲しがってしまってお相手が喋り疲れてしまうこともあるほど。

これは良くないですね笑

 

 

 

こんなとこまで書いておきながらですが、私の悪い癖で、このままいくととんでもなく長くなってしまいそうなので今日はこの辺りで一区切りさせてくださいませね。

明日、また続きをお話しいたしましょう。

 

 

 

 

 

宮地琴乃