それは博愛主義なのではなく楽観主義なのでは。

 

昔、ある方から

『君は博愛主義者だね』

と言われたことがあります。

私が博愛主義者なら人類皆さま博愛主義者だと思うのですが

と思った時のこと。

何故そうコメントされたかというとですね、

その方の人生についてお話を聞かせていただいていたんです。

あまりにも壮絶で、そしてあまりにも悲しい過去だったためになんて言葉をかけていいかわからず。

何とか口にできたことが、

人生って、どれだけ嫌なことがあっても、どれだけ悲しいことがあってもプラスマイナスでプラスになるようにできてると思うんです、

今辛いのなら、きっとこの先はずっといいことがあるはずです

という説教じみたことでした。

元も子もないことを言ってしまうと、私はとにかく嘘をつくのが苦手です。

大丈夫じゃない状況の人に大丈夫だよって言葉がかけられないんです。

それはこまったねぇ、こうしてみたら?

っていう現状を良くするための話に持っていきがちなのでとにかく気休めでもいいから話を聞いて欲しいタイプの方からは『なんか違う』って思われているかもしれません。

けど、いっとき気持ちが楽になるために話を聞くなら誰でもいいじゃないですか。

 

私に話してくださったのなら、その方と私とでしかでない答えを出すべきなのではないかなって。

 

それが私を選んでくださった方に対する誠意だと思うんです。

けれど、気休めでもなんでもなく、本当に人生ってプラスマイナスプラスにできてると思うんです。

プラスをプラスなことだと感じられるように、悲しいことや辛いことがあるんじゃないかなって。

 

不幸な星の元に生まれたなんて自分を納得させるの、嫌じゃないですか。

 

なんだかまとまりのない言葉の羅列になってしまいましたが、今日はこの辺りで。

 

 

 

宮地でした。