優しいって言わないで。

 

優しいことは、すごいことだと思う。

この人優しいなと感じたら優しいね、ということもあるし、優しくされると嬉しいし、他人に優しくできるということはものすごく価値あることだと思う。

しかしその反面、私は自分自身が優しいと言われることにそれほど価値を感じない。

人間としてそこを売りにしてないから、

君は優しい、と言われるのと

君は目がふたつと鼻がひとつあるね

と言われるのは同じ感想しか持てない。

そもそも、優しいと言われることに価値がないと思ってるからこそ優しいと思われたいとも思ってない節がある。

優しいのではなく、相手を1人の人だと思って接すれば特別優しくしようとしなくても尊重することになるのではないか。 

私は、自分の見た目は割とキツい方だと思うのだけど、初めましての人から優しそうと言われることが多くて本当に驚くことが多い。

これがまた厄介なのである。

優しそう、という印象を与えるということは、この人は自分に優しくしてくれるはずだ、という先入観を与えてしまう。

 

はっきり言おう、私は優しくない。

優しくあろうともしていない。

 

親から、人には親切にしなさいと教えられて育ったから私のできる範囲内で親切にはする。

けどそれは優しいからではなくそういうものだと思ってるからしているだけなのである。

だけども、相手は優しいと思っているから私が少し口調が強くなったり、相手の主張を飲めなかったり、反対すると

優しいと思ってたのに、ひどいヤツだ!!

となるわけである。

意味がわからない。

『私の売りは優しいことです。皆さんに優しくします』

と私が首からぶら下げていたならまだしも、優しそうだなんてふんわりした理由で寄ってきて思ったより優しくなかったなんて言われた日には東京湾に沈めてやろうかと思う。

私は、私の範囲内でしか優しくできない。

優しさの強要や搾取をされても困るのである。

優しそう(らしい)な見た目に生んだ両親に余計なことをしてくれてと感じないわけではない。

 

けど、見た目はどうしようもないから今日も私はまた、「優しいと思ってたのに……」という謎の詰りを甘んじて受け入れるだけである。

 

 

優しいと言われるのが苦しい人いるとしたらそれは優しくあれ、という強要に疲れているのかもしれません。

 

 

 

 

宮地琴乃