教えられた通りにしか愛せない

こんにちは

宮地琴乃です。

「ひとは愛されたようにしか愛せない」というのはどこかで聞いた言葉ではないでしょうか。

私がこの言葉に初めて触れたのは、たしかテレビドラマBOSSだったように記憶しています。天海祐希さんが主人公の女性刑事で、容疑者を分析し予測するプロファイリングにスポットを当てたものでした。

そのなかのエピソードで、初めて虐待の連鎖というものを聞きました。たしか生瀬さんがゲスト出演されていた気がします。

 

虐待を受けた子供が大人になると、今度は自分の子供を同じように虐待をしてしまうという現象。今では違うという学術もあるようですが今日は仮に、この話に沿ってお話しさせてください。

この愛されたようにしか愛せないというのは、親子の愛情に限定した話ではありません。

 

そもそも愛情なんてめちゃくちゃ種類の多いものではなく親子愛も恋愛感情も紙一重だと思うんです。愛、という部分に限定してみれば。

 

最近うけた恋愛相談がまさにそんな話でした。

「大学に入って初めて付き合った方がとにかく束縛の激しい方だった。

お相手はヤキモチとかそんな可愛いレベルではなく着る服やメッセージのやり取りをする相手も管理したがるほど。

各方面から別れなよという声と、まだ彼を好きな気持ちとの間で板挟みになりながらも、自身も次第に関係に疑問を持つように。

一悶着もふた悶着もあったのちに別れて数ヶ月。

新しく出会ったとても素敵な方とお付き合いを始めるも、こんどは自分が相手を束縛するようになってしまった」

という話。

お付き合いしたひとが不誠実なひとだったら、その不誠実な対応を当たり前だと思ってしまって誠実な恋愛ができなくなるとも聞きます。束縛だらけの関係だと次の恋愛でも同じ接し方でしか愛情を伝えられなかったり。

 

あ、誤解なきように言いたいのですが、はたから見て異常だったとしても、当人たちがお互い納得しているならいいと思うんですよ。

恋愛の形に他人が口出しすべきではないと思うので。

でも、それはその二人の関係が100年先まで続く確証があるときだけです。

 

恋愛にはいつか終わりが来ることの方が当たり前。

多くの場合、忘れようと苦しんで、たまに後ろをふりかえりながら次に進んでいくようになると思います。

そのときにきざみこまれたことに罪はありませんが次に出会ったひととの間に、前の恋愛によって自分の中に埋め込まれた間違ったプログラムが作動してしまうことほど悲劇はないと思います。

愛されたいなら、愛されたいようにひとを愛するしかないんだと思います。こうして欲しいということがあるなら押し付けるのではなく自分がまず、お相手にそう接することが大切なのではないでしょうか。

たとえは悪いですが、プログラミングされたロボットが、自らインプットされたプログラムのコードを変えようとしてるんです。そんな簡単なことではないと覆います。

けど、昔の恋人と次の恋人は別の人です。

本当はどう愛されたかったのか、なぜこんな愛し方になってしまうのか、きちんと自分で理解してそしてお相手にきちんとわかる形で表す必要があるのではないでしょうか。

過去の自分を切り離すなんてとても辛いことだと思います。

それでも、進んでください。

痛みや傷つくことを恐れた恋愛なんて、おままごとと同じです。

 

まあ、こんなことを相談してきてくれた友人には伝えたのですがなんというか、いろいろ考えさせられました。

 

 

 

 

……まあ、実戦経験の伴っていない私がいうにはいささか説得力が欠けてしまう話だったかもしれませんが。(小声)

 

 

宮地琴乃